酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5515 長谷川久一墓(台東区・谷中霊園)

長谷川 久一(はせがわ きゅういち、1884年(明治17年)1月 - 1945年(昭和20年)は、第36代警視総監。


配偶者は、小寺泰次郎の三女・昌子。


略歴
・1884年(明治17年)1月 - 長崎県士族長谷川芳之助(一刀流の使い手である長谷川善兵衛久徽の子)の長男として生まれる。
 第一高等学校を卒業。


・1907年(明治40年) - 東京帝国大学法科政治科を卒業。高等文官試験に合格し、内務省に入る。
 内務書記官、内務参事官、三重県警察部長、千葉県警察部長、警視庁第二部長、警視庁保安部長、岐阜県内務部長、内務監察官、内務省土木局長を歴任。


・1923年(大正12年)10月25日 - 1924年(大正13年)6月24日 - 石川県知事を務める。


・1924年(大正13年)6月24日 - 1927年(昭和2年)3月22日 - 和歌山県知事を務める。


・1927年(昭和2年)3月22日 - 1927年(昭和2年)5月17日 - 長崎県知事を務める。


・1927年(昭和2年)5月17日 - 1929年(昭和4年)7月5日 - 静岡県知事を務める。


・1931年(昭和6年)12月18日 - 1932年(昭和7年)1月12日 - 東京府知事を務める。


・1932年(昭和7年)1月12日 - 警視総監就任
 同年1月29日 - 依願免本官となり退官[1]。


・1945年(昭和20年) - 死去する。


・1966年(昭和41年)2月26日 - 海軍関係の戦没者叙勲として、勲八等白色桐葉章を賜る。


著書
・長谷川久一『独国に於ける模範市政と理想農邑』、内務省地方局、1909年10月


脚注
1. 『官報』第1523号、昭和7年1月30日。


参考文献
・東京都公文書館編『東京都職制沿革』東京都情報連絡室情報公開部都民情報課、1986年
(wikiより)


 長谷川久一