酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5509 垪和為昌墓(台東区・谷中霊園)

垪和為昌 ( はが - ためまさ )
安政 3年 3月 23日 ~ 大正 3年 11月 21日 ( 1856 - 1914 )


化学者・東京帝国大学理科大学教授理学博士。


幼名、要蔵。字、泰圃。


父、岡山浅尾藩士・垪和為継 ( 1831 - 1898 )( 長男 )。岡山県出身。


浅尾藩校で学んだ後、明治 5年 ( 1872 ) 15歳で共立学校、開成学校、外国語学校などで語学を学ぶ。


明治 8年 ( 1875 ) 工学寮に入り、ダイバース教師に実験無機化学を学び、明治 14年 ( 1881 ) 工部大学卒業、工学士。工部省出仕。


明治 19年 ( 1886 ) ダイバーズと共に東京帝国大学理科大学助教授となり、無機化学を講義。


明治 27年 ( 1894 ) 理学博士となる。


明治 29年 ( 1896 - 1898 ) フランス・ドイツ・イギリスに留学。


明治 31年 ( 1898 ) 3月帰国。


明治 32年 ( 1899 ) 東京帝国大学理科大学教授。


大正 3年 ( 1914 ) 東京大学名誉教授。正四位勲三等。58歳没。


子弟に池田菊苗、柴田雄次など。