酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5507 大槻東陽墓(台東区・谷中霊園)

大槻東陽 ( おおつき - とうよう ) / 大槻誠之 ( おおつき - せいし )
文政 5年 ~ 明治 36年 5月 20日 ( 1822 - 1903 )


儒者。


名、籟次のち誠之。号、泰嶺・東陽。


父、相模国大住郡下大槻村の名主・原幸右衛門政房。


天保のはじめころ ( 1830 - ) 江戸に出て、巻菱湖の弟子・牧野天嶺 ( まきの - てんれい ) に書を習うが、ここで旧友・依田学海と再会する。


明治に入り、東陽と改名。


明治 11年 ( 1878 ) 小石川区より東京府会議員となるが、1年余りで辞職する。


明治 13年 ( 1880 ) 加藤桜老と東洋的学校「大同館」を創建。


続いて活動のPRのため「大同新報」を創刊。


明治 17年 ( 1884 ) 桜老没後は、一人で運営したものと思われる。


出版:「訓蒙 日本外史 全七冊」解釈者・「啓蒙国史略」
編輯・「皇朝歴代沿革図解」
編輯・「入蜀記註釈. 巻第1-6」 陸游
著:大槻東陽 註釈・「国字分類 古今歴史集覧」
編集・「暦代日本伝 六巻」著。82歳。妻、矢野多津子。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/634.html
600 依田學海墓(台東区・谷中霊園)