酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5506 永峰秀樹墓(台東区・谷中霊園)

永峯 秀樹(ながみね ひでき、嘉永元年6月1日(1848年7月1日) - 昭和2年(1927年)12月3日)は、英文学者、翻訳家。


甲斐国巨摩郡浅尾新田(山梨県北杜市明野町)出身。本姓は小野で、父は蘭方医の小野通仙。永峰家の養子となる。父に従い甲府に居住し、甲府徽典館を卒業後、沼津兵学校で英語を学ぶ。1871年(明治4年)、東京築地の海軍兵学寮(海軍兵学校)で英語、数学教師。ギゾーの『欧羅巴文明史』の翻訳で、福地源一郎がソサエティの訳語として作った「社会」の語を広めた。ほか、『アラビアン・ナイト』を「暴夜物語」として初めて邦訳した。


著作・翻訳
・『支那事情』奎章閣、1874
・ウォーケル『富国論』奎章閣、1874
・『開巻驚奇暴夜物語』奎章閣、1875
・『物理問答』抄訳、内藤伝右衛門 1875
・『智氏家訓』査斯徳費耳士 (チェストルフヰールド) 種玉堂、1875-1876
・ハスケル『家政要旨 経済小学』抄訳. 内藤伝右衛門、1877
・ギゾー『欧羅巴文明史』ヘンリー訳、再訳. 奎章閣、1877
・ジョン・スチュアート・ミル『代議政体』弥児 (ミル) 奎章閣、1875-1878
・ロベルト『官民議場必携』内藤伝右衛門、1880
・『華英字典』竹雲書屋、1881
・『博物小学』編 北原信太郎、1882
・『人と日本人』東海堂、1904


復刻
・「代議政体 ミル」『明治文化全集』第3集 (政治篇) 日本評論社、1927
・「暴夜物語 タチンスヱンド」明治文化全集. 第14巻 (時事小説篇) 日本評論社、1927
・「家政要旨 ハスケル」『家政学文献集成』 渡辺書店、1966
・「智氏家訓 チェストルフィールド」『家政学文献集成』続編 [第10冊] 渡辺書店、1968


伝記
・保坂忠信『評伝永峯秀樹 明治初期翻訳・文化功労者』リーベル出版、1990


参考
・コトバンク:日本人名大辞典
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/244.html

240 尺振八の共立学舎跡(墨田区両国四丁目八番周辺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6353.html
5516 永峰正樹墓(台東区・谷中霊園)