酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5496 佐和 正墓(台東区・谷中霊園)

佐和正 ( さわ - ただし )
弘化元年 ~ 大正 7年 11月 6日 ( 1844 - 1918 )


幕末の仙台藩士・明治大正期の警察官僚・青森県知事。


父、佐和修平 ( 二男 )。宮城県出身。


幼児期藩校養賢堂に学ぶ。


明治 3年 ( 1870 ) 弾正吏。


太政官少書記官 ( 明治 11年 1月 7日 ~ 明治 13年 3月 5日 )。


明治 12年 ( 1879 ) 2月 13日大警視・川路利良を団長とする日本の警察関係者が、欧米に向けてパリ警察などの視察旅行に出発し、随行員として同行。


佐和正が、明治 13年 ( 1880 ) 8月 21日帰国後に「航西日乗」としてまとめた。


明治 18年 ( 1885 ) 伊藤博文特命大使に随って清国に派遣となる。


明治 22年 ( 1889 ) 内務書記官となり、ついで青森県知事 ( 明治 22年 12月 26日 ~ 明治 29年 8月 12日 )。


明治 30年 ( 1897 ) 錦鶏間祗候。日本赤十字理事。養女泰は、伊達宗城の娘 ( のち阪田九郎の妻) 。従三位勲二等。75歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1640.html

1511 川路利良墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)