酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5492 川上華顛墓(台東区・谷中霊園)

川上華顛 ( かわかみ - かてん ) / 川上由之 / 川上季礼
文化元年 ~ 明治 2年 10月 7日 ( 1804 - 1869 )・・・1802説あり


書家・幕府麾下 ( 直属 ) の天主番。


名、由之。字、季礼。通称、謙三郎。号、花顛・黙飲道人など。


父、幕府天守番・金子半三郎 ( 三男 )。同僚・川上長次郎の養子。


林大学頭付属学問所出役。徒目付。勘定留役。


文化 13年 ( 1816 ) 表祐筆。


筆札を男谷燕斎に学ぶ。


弘化 2年 ( 1845 ) 奥祐筆。板倉侯に清廉を認められ表祐筆組頭。


このとき賀客が押し寄せたが戸を閉めて会うことはなかったという。


毎月四の日と九の日は、自宅で門弟の指導をすることを許されたが、この破格の待遇にも驕らなかった。徒士目付。


維新のはじめ静岡に閑居。


刊:「花顛先生遺稿」。静岡にて没する。66歳没。


 祐筆:武家の職名。文書・記録の作成係り。