酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5491 依田 薫墓(台東区・谷中霊園)

依田 薫 ( よだ - かおる ) / 依田聖里 
文政 9年 ~ 明治 9年 11月 4日 ( 1826 - 1876 )


判事。姓、源。字、子威。号、 ( 木篇 + 聖 ) 里・朝夕楼。


父、重次。母、国谷氏。


江戸に出て河田貫堂に師事。


槍を久留米の井上照算に師事。


維新の後、大学権判事。大学少助教。太政官権少史。大主記。左院大掌記。


明治 5年 ( 1872 ) 橋詰敏・太田卓之らと 1等書記生。


明治 7年 ( 1874 ) 5等議官。正七位。


明治 9年 ( 1876 ) 7等判事になり、上等裁判所・千葉裁判所に歴任。51歳没。


成瀬温書・題額、仙石政固撰文、広群鶴刻の墓碑銘がある。