酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5483 久保季茲墓(台東区・谷中霊園)

久保季茲 ( くぼ - すえしげ )
文政 13年 5月 12日 ~ 明治 19年 3月 5日 ( 1830 - 1886 )


江戸末期から明治初期の国学者。


姓、源。初名、玄貞のち季茲。通称、鎮吉。号、琴書・杉乃舎・静園・杉庵居士・玉甌道人・水玉老人。


父、久保徳潤。


代々徳川幕府の医官。江戸出身。


幼小より病弱で薬を手放さなかった。漢学を親から学ぶ。


10歳ころ父を亡くす。


母の神道に依る影響を受けて育つ。


15歳で「古事記伝」を読み古典の研究に興味を持つ。


鶴峯戊申 ( つるみね - しげのぶ:1786 - 1859 ) に師事し、国典・悉曇・籌算を学ぶ。


医術を幕医・矢部泰安に学び、長じて幕府医官となる。


攘夷論者であり幕府側に組したが、幕府瓦解後、武蔵国入間郡下新井に隠棲。


維新後は明治政府に呼ばれ、明治元年 ( 1868 ) 神祗官書記。


明治 2年 ( 1869 ) 大学大助教。宣教権中博士。教部省御用掛。大神神社大宮司。三輪神社大宮司。中教生。正七位。宮内省出仕。


欧化主義の潮流に抗して皇典を研究する目的で明治 15年に ( 1882 ) 設立された皇典講究所 ( 国学院 ) 文学部教授。57歳没。


著書:「古語拾遺講義」、「三種神宝論」、「神徳略述頌」、「万葉山常百首解」、「天津祝詞私考」、「祝詞略解」、「洋教弁略」、「神武天皇紀講義」。「大日本史補」、「稜威口語」、「古道訓蒙頌」、「神古梯立」、「野芹」、「古道集語」、「読闢邪小言」、「外説教略」、「杉庵雑攷」。


 国典:国の法典。
 籌算 ( ちゅうさん ):数を数えるための木の串の使い方。
 悉曇 ( しったん ):梵字の字母とそれが表す音声の総称。