酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5477 二階堂保則墓(台東区・谷中霊園)

二階堂保則 ( にかいどう - やすのり )
慶応元年 9月 9日 ~ 大正 14年 8月 4日 ( 1865 - 1925 )


明治大正期の統計学者。


名、菊太郎のち保則。新潟県加茂町出身。


代々医者の家に生まれ、幼くして医術を学び、のち統計学を修める。


明治 31年 ( 1898 ) 内務技手。


明治 32年 ( 1899 ) 内務省内閣統計局嘱託となり、初めての「人口動態調査」を担当。


詳細な死因分類を作成し、その改善充実に努める。


国勢院などを歴任、大正 9年 ( 1820 ) 第 1回国勢調査時には調査課長。


大正 10年 ( 1921 ) 1月退官後は、東京帝国大学・早稲田大学・日本女子大学・東洋大学などで講師をする。


著書:「統計学綱要」、「衛生統計論」など、医家出身のため、人口動態・衛生・死亡・疾病などの統計が特に多い。


丹毒を発症し急死する。61歳没。妻、鶴子。


遺稿:「そのおもかげ」。