酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5468 古澤南洋墓(台東区・谷中霊園)

古澤南洋 ( ふるさわ - なんよう )
文化 7年 ~ 明治 9年 7月 7日 ( 1810 - 1876 )


土佐勤王派志士。


本名、古沢義正。通称、八左衛門。号、南洋。


父、土佐藩家老 深尾氏の家臣・井原源三郎。古澤与一左衛門の養子。高知出身。


年少で江戸に出て、平山行蔵の子・平山栄三郎に師事し文武を修め、帰国して佐川の名教館教授となり、多くの門下生を指導する。


文久元年 ( 1861 ) 武市瑞山 ( 半平太:1829 - 1865 ) が勤王党を結成すると一族でこれに参加。


門弟と共に国事に奔走する。


文久 3年 ( 1863 ) 息子・古澤圭一郎・古澤迂郎兄弟・井原応輔 ( 1843 - 1865 )・浜田辰弥 ( 田中光顕 )・橋本鉄緒 ( 大橋慎三 )・那須盛馬 ( 片岡利和 ) を上京させ、翌元治元年 ( 1864 ) 浜田・橋本・那須らが脱藩するに当たり下獄。


維新後許され東京に移る。


子に岩神圭一郎 ( 長男 )。古澤滋 ( 迂郎 )( 次男 ) がいる。正五位。67歳没。