酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5467 吉岡哲太郎墓(台東区・谷中霊園)

吉岡哲太郎 ( よしおか - てつたろう )
万延元年 ~ ? ( 1860 - ? )


理学士・「新著百種」出版元。


父、吉岡正直 ( 長男 )。東京出身。


明治 16年 ( 1883 ) 理学士。大蔵省入省。のち農商務省技師。


明治 39年 ( 1906 ) イタリア出張。


明治 41年 ( 1908 ) 水産講習所技師。
この間、神田南乗物町で「吉岡書店」を営む。


明治 22年 ( 1889 ) 雑誌「新著百種」を出すにあたり、尾崎紅葉に第1集の小説を依頼し、紅葉は「色懺悔」を書いて応えている。


また、明治 35年 ( 1902 ) 棚橋一郎・山本宜喚・小川銀次郎・實吉益美・杉浦鋼太郎・高津鍬三郎らと 7名で私立高等女学校設立を計画。


翌年・棚橋絢子を校長に「私立東京高等女学校」を開校した。


このほか、幸田露伴とも交流があった。正五位勲六等。