酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5457 村松志保子墓(台東区・谷中霊園)

村松志保子(むらまつ - しほこ)    
嘉永7年8月 ~ 大正11年1月26日(1854 - 1922)


慈善活動家・東京産婆会創設者。


父、沼田藩御典医村松玄庵(長女)。母、和歌子。


沼田藩の上屋敷(港区)の別邸(墨田区)で生まれる。6歳のころ藩主・土岐頼知の妻・土岐万知子の支援を受け、早くから医術を志す。のち結婚するも離婚。


村松家は男兄弟が亡くなり、養子の村松文三も亡くなり、志保子が家督を継いだ。


明治14年(1881)横網町に「安生堂医院」を開設。


明治15年(1882)「淑女館」と「安生堂産婆学校」を設立、産婆の育成をし、関東大震災まで続けられた。


明治21年(1888)西尾京子 (1844 - 1913) らと「東京産婆会」設立。これには北白河宮妃・小松宮妃・ロシアのニコライ2世が資金を援助。


明治23年(1890)産院特別施療室を開き、貧困層の妊婦を救済。69歳没。


 祖父は、中村幽軒で、沼田藩家老だった。沼田藩藩主 土岐頼知は明治になって、代替地として横網町に約2000坪の敷地を所有することになるが、志保子は、頼知の妹の教育や一族の病気看護をし、その礼として、約半分の土地を賜る。志保子は、その土地に、「安生堂委員」や学校・特別施療室を開設した。なお、幽軒は晩年和歌子の家で過ごす。


いとこに日本・トルコ交流の開拓者で茶人でもある山田寅次郎/山田宗有(1866 - 1957)がいる。叔父は、中村莞爾で山田寅次郎の父。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6271.html

5458 村松玄庵墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6294.html
5459 村松和歌子墓(台東区・谷中霊園)