酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5456 日下可明子墓(台東区・谷中霊園)

日下可明子 ( くさか - かめこ )
安政 6年 ~ 明治 19年 12月 11日 ( 1859 - 1886 )


8代目長崎県令で実業家の日下義雄の最初の妻。


父、元幕府御用達の菓子司の山内弥曾八 ( 二女) 。江戸 ( 東京飯田町 ) 出身。


日下義雄が山内家に下宿したことから明治 8年 ( 1875 ) 婚約。


日下義雄は明治 9年 ( 1876 ) から 4年間、井上馨に随行して欧州に滞在したが、その間、可明子は下谷御徒町の「静女塾」に通った。


明治 13年 ( 1880 ) 結婚。


明治 19年 ( 1886 ) 2月義雄が 36歳のとき長崎県令となり長崎に赴任。


5月に可明子も長崎に行った。


明治 19年 ( 1886 ) 12月長崎にあった「交親館」で各国の領事夫妻たちが集まって舞踏会が開かれ可明子も参加した。


コルセットをきつく締め着飾った美人の可明子は人気があり、多くの紳士からダンスの申込を受け、疲れてついにダウンしてしまった。


夫の義雄は、島原の温泉獄に飛脚を走らせ氷を取りにいかせたが、間に合わずに没した。28歳没。


戒名 : 「貞珠院殿可心通義大姉」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6476.html

5629 日下義雄墓(台東区・谷中霊園)