酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5448 セリギイ墓(台東区・谷中霊園)

セリギイ
明治 4年 6月 16日 ~ 昭和 20年 8月 10日 ( 1871 - 1945 )


東方正教 2代目大主教。本名、セリギイ・チホーミロフ。


サンクトペテルスブルグ神科大学学長を務めた後、明治 41年 ( 1908 ) 来日。


就任中には大正 6年 ( 1917 ) のロシア革命によりロシア正教会との連絡が中断したり、大正 12年 ( 1923 ) の関東大震災で東京の大聖堂が崩壊するなどの事件があった。


昭和 4年 ( 1929 ) 東京復活大聖堂を復興した。


昭和 15年 ( 1940 ) 以降、15年戦争下で特高警察の監視・干渉があり、国家権力の強要によりセリギイ府主教は引退を強いられ、ニコライ小野帰一主教が主管者となった。


セリギイ府主教は、教会からの支援により生計をたてていたが、戦時中であり教会も困窮しており支援が滞ることもあった。


スパイ容疑で特別高等警察に逮捕され、数ヶ月投獄され、拷問や厳しい獄中生活により昭和 20年 ( 1945 ) 8月終戦数日前に殉教永眠した。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/117.html
114 神田ニコライ堂(千代田区駿河台4-1-3)



5447 小野帰一墓(台東区・谷中霊園)