酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5429 岡野敬次郎墓(台東区・谷中霊園)

岡野 敬次郎 ( おかの - けいじろう )
慶応元年 9月 21日 (( 1865年 11月 9日 ) - 大正 14年 ( 1925年 ) 12月 23日 ) は、日本の官僚、政治家、法学者。男爵。


法制局長官 ( 第 11代、第 13代、第 15代 ) 司法大臣 ( 第 25代 )、農商務大臣 ( 第 33代 )、文部大臣 ( 第 41代 )、枢密院副議長 ( 第 9代) )、東京帝国大学法学部教授、中央大学学長を務めた。


来歴
上野国生まれ。


共立学校、第一高等中学校等を経て、帝国大学法科大学 ( のちの東京帝大 ) を卒業した後、同大学大学院に進学。


法学博士となり、教授に就任する。


同時に政府に入り、農商務省官房長、内閣恩給局長、高等捕獲審検所評定官を歴任。


1906年、第1次西園寺内閣で法制局長官に就任。


1908年に貴族院議員となる。


1911年、第 2次西園寺内閣で再び内閣法制局長官に就任。


1913年、第 1次山本内閣で三度内閣法制局長官に就任。


1922年、加藤友三郎内閣で司法大臣に就任し初入閣。


1923年、第 2次山本内閣で文部大臣兼農商務大臣として二度目の入閣を果たした。


1925年 10月に枢密院副議長に就任し、男爵を授けられたがその年の暮れに没した。