酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5419 大工原銀太郎墓(台東区・谷中霊園)

大工原銀太郎 ( たいくばら - ぎんたろう )
慶応 4年 1月 4日 ~ 昭和 9年 3月 9日 ( 1868 - 1934 )


明治期の土壌学農学者・農学博士。


鈴木兼太郎の弟。のち大工原孝吉の養子となり家を継ぐ。


信濃飯田出身。帝国大学農芸科卒業。


明治 28年 ( 1895 ) 農商務省農事試験場技師。


東京帝国大学講師、特許局技師を経て大正 10年 ( 1921 ) 九州帝国大学教授。


大正 12年 ( 1923 ) 5月朝鮮総督府勧業模範農場技師に転任し、九大教授は兼官となり、大正 15年 ( 1926 ) 九州帝国大学第3代総長を務めた。


昭和 4年 ( 1929 ) 同志社大学総長。


鉱質酸性土壌の研究の権威で土壌酸性の本体がアルミニウムによることを世界に先駆けて発表。


従五位勲六等。67歳没。


著書:「土壌学講義」。