酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5417 萩原西畴墓(台東区・谷中霊園)

萩原西畴 ( はぎはら - せいちゅう )
文政 12年 ~ 明治 31年 2月 19日 ( 1829 - 1898 )


漢学者。名、裕。字、公寛・好問。通称、英助。号、西畴。


父、儒者・萩原善韶 ( 嵩獄 )。東京出身。


父を 3歳で亡くし、読書を好まず。14歳の時勉学に目覚める。


はじめ叔父の萩原緑郎 ( 楽亭 ) に学ぶ ( 祖父、大麓・片山兼山説あり )。


26歳で儒業を修め新井白石の「読史餘論」を校訂し刊行、名声を上げる。


米艦来航もあり、林洞海・杉田成卿に師事し洋学を学ぶ。


明治初期に伊予今治藩に招かれ 3年間藩政に参加。


廃藩置県後東京に帰り、明治 5年 ( 1872 ) 陸軍省に出仕。


のち、修史局勤務。


明治 14年 ( 1729 ) 再び太政官に入り。宮内省にて「台湾琉球始末」、「善隣始末」など外交史の編纂にあたる。


修史局廃止後は、退官し私塾を開く。


晩年に学習院・高等師範学校講師。


正七位。69歳没。


著書:上記のほか「顕承述略」、「宣戦詔勅釈史」、「鹿鳴園叢書」、「東坡外伝」、「献承述略」、「女訓」、「諸子大意」、「四子左氏伝講義録」、「古本大学講義録」、「虚子註解」、「詩文集遺稿」など。