酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5399 平沢道次墓(台東区・谷中霊園)

平沢道次 ( ひらさわ - みちつぐ )
天保 14年 ~ 大正 11年 1月 22日 ( 1843 - 1922 )


石川島造船所専務取締役。


父、広島県佐藤鼎三 ( 二男 )。東京本郷出身。のち、平沢家を継ぐ。


備後福山藩士陸軍軍吏。


24歳で藩通商役となり、北海道開拓に従事。


廃藩置県後、大蔵省に出仕。


のち陸軍省に異動し会計軍吏。陸軍 1等監督。日清戦争時は、臨時支払命令官。


明治 33年 ( 1900 ) 退官。石川島造船所専務取締役。豊山護法銀行頭取。日韓瓦斯電気会社監査役。


明治 40年 ( 1907 ) 辞職。正五位勲 3等旭日中綬章。80歳没。