酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5393 堀 直明墓(台東区・谷中霊園)

堀 直明(ほり なおあきら)は、江戸時代末期の大名。信濃須坂藩の第14代(最後)の藩主。直重系堀家14代。


生涯
天保10年(1839年)9月3日、第11代藩主・堀直格の六男として江戸で生まれる。母は側室で、直武や直虎は異母弟にあたる。慶応4年(1868年)1月に異母兄の直虎が江戸城内で自害し、同年5月24日に養子として跡を継いだ。直明は直虎とは180度方針を転換して、戊辰戦争では早々に新政府側に与して宇都宮、北越、会津に出兵し、信濃の諸藩では突出した数の藩士を送り込んだ。この功績を評価され、新政府から賞典禄として5000石を下賜された。明治2年(1869年)6月の版籍奉還で知藩事となり、明治4年(1871年)7月の廃藩置県で免官となる。


明治10年(1877年)2月13日、元来の姓であった奥田姓に復姓する(須坂藩の祖である堀直政は、もと奥田氏であった)。明治17年(1884年)7月8日に子爵となる。明治19年(1886年)9月18日に東京で死去した。享年48。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6197.html
5392 堀 直格墓(台東区・谷中霊園)


 堀 直明