酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5361 辰巳屋宗兵衛墓(文京区小石川4-12-6・慈照院)

辰巳屋惣兵衛の墓
江戸中期の遊侠人で、本名は平井辰五郎 ( 1733 - 1821 ) と言った。


伝通院門前に居住して、茶漬け飯・田楽豆腐屋を開業した。


しかし、店は家人に任せ、もっぱら、遊侠の生活にふけっていた。


辰五郎は生来、踊りが好きで、若い頃から暇をみては、踊りに時を費やした。


特に、踊りの名声を高めたのは、女装して面白おかしい所作をとりいれてからである。


天明 8年 ( 1788 ) には、「仮面」をつけて踊る「狂言神楽」( 里神楽と類似型 ) を創案し、江戸市民の人気をあつめた。


山王権現社、神田明神社のほか、江戸市中の各神社の祭礼での活躍は言うにおよばず、大名邸での宴会の余興にも招かれるようになった。


そのような時、自分は遊戯のために踊るのであり、利欲のためでない、と言って金銭を受けとらなかったという。


「お祭と神楽の堂に辰巳屋の枯木娘や花咲かせ爺」蜀山人 ( 太田南畝 )
(案内板より)


● 辰巳屋惣兵衛 ( 初代 ) ( たつみや - そうべえ )
( 1733 - 1821 ) 


江戸時代中期 - 後期の町人。


享保 ( きょうほう ) 18年生まれ。任侠で知られる。


安永 3年、江戸伝通院門前に茶漬飯 ( ちゃづけめし )、田楽豆腐の店をひらく。


祭礼で女装しておもしろおかしくおどることで人気をあつめ、天明 8年には仮面をつけて巫女 ( みこ ) のまねをしてまう狂言神楽を考案した。


文政 4年 10月 24日死去。89歳。姓は伊東。通称は平井辰五郎。