酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5358 有竹 裕墓(台東区・谷中霊園)

有竹 裕 ( ありたけ - ひろし / ゆたか )
天保 9年 ~ 明治 19年 2月 1日 ( 1838 - 1886 )


函館県大書記官。初称、衛門。父、美濃国野村藩士有竹義韶。岐阜出身。


明治初期、野村藩参事・集議員議員・同幹事・神祗権少祐を歴任。


明治 4年 ( 1871 ) 辞職。


明治 5年 ( 1872 ) ころ開拓使 9等出仕。


明治 6年 ( 1873 ) 開拓大主典。


明治 9年 ( 1876 ) ころ開拓使警部長。


明治 10年 ( 1877 ) 1等開拓 1等属兼 1等警部。


明治 12年 ( 1879 ) 開拓権少書記官、函館勤務。


明治 15年 ( 1882 ) 函館県大書記官。従六位。


戒名 : 「聖雲院寛誉裕道居士」。


新墓碑の後ろに旧墓碑がある。