酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5353 伊東徹太墓(台東区・谷中霊園)

伊東徹太 ( いとう - てつた )
明治 11年 8月 4日 ~ 大正 8年 8月 5日 ( 1878 - 1919 )


明治大正期の医者・医学博士。


旧姓、星島。岡山県出身。


岡山中学校卒業。東京帝国大学卒業。


ドイツ留学後大正 2年 ( 1913 ) 千葉医学専門学校 ( 現千葉大 ) 教授となる。皮膚病や性病を研究。


軟性下疳の診断に用いられる「伊東反応」で知られる。正六位勲六等。42歳没。


 大正 4年 ( 1915 ) 野口英世が帰国し、千葉医専を訪ねてきて伊東徹太教授の「ワイル氏病菌の純粋培養」を見、説明を聞いて、「日本がここまで進んでいたとは・・・」と感心し、後の野口に大きな影響を与えたという。


 岡山中学校時代に後輩でワイル氏病の病原菌を発見した井戸泰 ( 1881 - 1919 ) と同籍している。野口英世は、井戸の功績にもびっくりしたという。


戒名 : 「真心院釈徹到居士」。