酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5346 片山国棟墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

片山国棟 ( かたやま - くにむね )
嘉永元年 ~ 明治 4年 11月 21日 ( 1848 - 1871 )


明治初期の大学得業生。


姓、源。遠江国浜知郡 ( 静岡県 ) 出身。


家は、代々医者。


明治 2年 ( 1869 ) 大学東校にて医学を学び、少得業生。


明治 3年 ( 1970 ) 川村重固・樫村清徳・岡本則録らと大学中得業生に昇り、のち大得業生兼少舎長。24歳没。


訳書:「英国軍陣方彙」。


 得業生 ( とくごうしょう ): 明治期の制度では、研究に従事しつつ教授らの業務を補佐する身分。

したがって、墓碑題額が、大学東校 ( 東京大学医学部 ) に勤め大博士となり、明治天皇侍医・文部大丞・文部大教授大典医となった佐藤尚中が書いていることから推すと、佐藤尚中に従っていたことが推察できる。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/728.html

679 佐藤尚中墓(台東区・谷中霊園)