酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5340 島岡老女墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

島岡老女 ( しまおか - ろうじょ )
文政元年 9月 4日 ~ 明治 33年 4月 25日 ( 1818 - 1900 )


有栖川宮家老女。


姓、関浦。名、婦自。


京都出身。


代々有栖川宮家に仕える。


天保 5年 ( 1834 ) 16歳のとき有栖川宮韶仁親王 ( ありすがわのみやつなひとしんのう ) の宮女となる。


天保 11年 ( 1840 ) 有栖川宮韶仁親王の四女精宮王女の養育係となる。


天保 14年 ( 1843 ) 精宮が徳川家慶の養女となると、従って江戸城に移る。


弘化 3年 ( 1846 ) 精姫が筑後久留米藩 11代藩主 ( 最後 ) 有馬頼咸に嫁ぎ久留米に帰る。


元治元年 ( 1864 ) 47歳で致仕。


葵町小松宮邸にて没する。83歳没。


 有馬頼咸:藩政を顧みずに遊興にふけり、さらに将軍の養女を娶るために、莫大な費用がかかり、財政が逼迫したという。


戒名 : 「純孝院殿誠誉忠節妙念大姉」。


西川元譲 ( 春洞 ) 書の墓標。