酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5336 小林義直墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

小林義直 ( こばやし - よしなお )
弘化元年 8月 8日 ~ 明治 38年 8月 6日 ( 1844 - 1905 )


明治の医者・蘭学者。


名、源直。通称、達太郎。号は、灣漁人[ 芦湾漁人 ]( ろわんぎょじん )。


備後国深津郡野上村 ( 現福山市古野上町 ) 生まれ ( 広島県出身 )。


備後福山藩士。


同藩の儒者・江木鰐水 ( 繁太郎 ) に師事し、漢学を学び、藩医寺池強平に蘭学を学ぶ。


文久元年 ( 1861 ) 10月 17日 18歳のとき「誠之館」で洋学修業を始める。


文久 3年 ( 1863 ) 藩より抜擢され江戸で幕府の洋書調所 ( 開誠所 )・医学所 ( 西洋医学所 ) に通学し、また、佐倉藩順天堂の佐藤尚中の塾に入って研鑚、坪井芳洲塾でも学ぶ。
のち、帰郷し「誠之館」で英語を教授する。


明治 3年 ( 1870 ) 大学東校少教授。


明治 5年 ( 1872 ) 文部省に入り文部大助教。


明治 8年 ( 1875 ) 退官。


医書の翻訳出版に従事する。


また、郷土の子弟の江戸遊学を援護した。


訳本:「華氏産科摘要」、「理学診断法」、「理礼氏薬物学」など多数。62歳没。