酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6394 嵯峨根良吉墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

嵯峨根良吉 ( さがね - りょうきち )
天保 8年 ~ 明治元年 6月 27日 ( 1837 - 1868 )


薩摩藩開成所助教。


丹後国 ( 京都 ) 宮津出身。


医者・嵯峨根季重。


嘉永 7年 ( 1854 ) 宮津藩の派遣で緒方洪庵の「適塾」に入門、蘭学を学び、長崎にて英学を学ぶ。


江戸では江川担庵塾で砲術も教える。


幕府が初めて汽船を製造すると勝安房・榎本武揚・伊沢謹吾らと乗り組み、近海を測量する。


安政 5年 ( 1858 ) 島津斉彬を乗せ鹿児島を訪れ、その縁で薩摩藩士・寺島宗則の推挙を受け、慶応 2年 ( 1866 ) 薩摩藩に招かれた。


「船中八策」を薩摩藩に建議。


慶応 3年 ( 1867 ) 藩士の列に加えられ邸宅を賜る。


船奉行補助役・開成所助教。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/119.html
116 緒方洪庵墓(文京区本駒込1・高林寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/501.html
487 江川太郎左衛門英龍終焉之地(墨田区亀沢1丁目)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6082.html
6393 嵯峨根不二郎墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)