酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6361 四辻公賀墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

四辻公賀(よつつじ - きんよし)    
天保11年7月19日 ~ 明治13年12月19日(1840 - 1880)


越後府知事・宮内権大丞。


父、権大納言・四辻公績(二男)。母、正二位権大納言・広橋胤定の娘・広橋麗仙(1812 - 1882)。典侍・四辻清子の弟。兄、四辻公建の死により嫡子となる。


嘉永5年(1852)12月従五位下。


嘉永6年(1853)元服し昇殿を許される。


文久元年(1861)1月侍従。


文久2年(1862)右少将。


慶応元年(1865)12月参議。


明治維新の際、右宰相中将。


明治元年(1868)7月越後府知事。
 ・同年9月3等陸軍将、従三位。


明治2年(1869)1月辞退。
 ・同年7月平松時厚・梅渓通善らと宮内権大丞。


明治3年(1870)雅楽助。


明治4年(1871)8月式部寮7等兼大掌典。


明治6年(1873)6月大伶人。


明治7年(1874)大伶人兼務。


明治10年(1877)4等伶人。


正三位。室は、正親町実徳の二女順子。41歳没。
     
四辻家は、鎌倉時代西園寺公経の四男、四辻実藤によって創立され、四辻とする。四辻公賀の養子室町公康によって家名を四辻から室町に改める。


明治17年室町公康に対して、伯爵位を授けられた。
室町家(むろまちけ)は、羽林家の家格を有する公家。藤原北家閑院家流。西園寺家の一門。家業は和琴、筝。


⇧⇩ 四辻公賀室の正親町順子(おおぎまち - よりこ?)墓


⇧⇩ 母で四辻公績室墓「廣橋麗仙墓」に並ぶ。正面「正三位四辻公賀卿墓」。