酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6331 出田晴太郎墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

出田晴太郎 ( いでた - はるたろう )
安政 5年 ~ 明治 13年 10月 22日 ( 1858 - 1880 )


クラーク博士で有名な札幌農業学校一期生・農学士。


父、豊後藩士日田鎌八。大分県出身。


静岡県中学校専学洋書頭。


東京に出て英語を修得。


明治 9年 ( 1876 ) 開拓使農業大学校が札幌にでき、1期生として入学。


明治 13年 ( 1880 ) 卒業し農学士となる。


大学校開拓使官員となる。


帰省の途中、東京大学病院で病死。23歳没。


弟の新も農学士となる。


 クラーク博士は、「青年よ 大志を抱け」の名言で有名。初代教頭でもある。


「農学士出田晴太郎墓」( 陸軍中将・内閣総理大臣 黒田清隆篆額、大分県士族開拓使官吏 奥並継書 )。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2044.html

1869 黒田清隆墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)