酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5315 海老一染太郎墓(新宿区市ケ谷山伏町1・常敬寺)

海老一染之助・染太郎(えびいちそめのすけ・そめたろう)は、実の兄弟による伝統演芸「太神楽(だいかぐら)」の曲芸師コンビ。父親は落語家の三遊亭圓駒。

「お染ブラザーズ」の愛称で「おめでとうございま〜す」と言いながら和傘の上で毬を回す芸が有名で、正月のテレビ番組には欠かせない出演者だったが、兄の染太郎が2002年に亡くなり、その後は弟の染之助がピンで活動している。


海老一 染太郎(えびいち そめたろう)
本名:村井 正秀(むらい まさひで、1932年2月1日 - 2002年2月2日)、兄。東京都新宿区出身。盛り立て役。


2002年2月2日、胃癌のため死去、誕生日を迎えた翌日のことであった。享年71(満70歳没)。


ナンシー関によると、マネージメントは染太郎が担当していたという。また、染太郎は英語も達者であったとのこと。


略歴
・1945年9月 二代目海老一海老蔵(九代目桂文楽の妻の父親)に入門。
・1946年12月 新宿末広亭で「海老一勝太郎・小福」の名で初舞台を踏む。
・1949年 「海老一染之助・染太郎」に改名。
・1960年5月 旧ソ連文化省より招聘を受け旧ソビエトにて公演・初の海外公演。
・1965年2月 米国ABCテレビ出演。
・1988年10月 フジテレビ「笑っていいとも!」にレギュラー出演(1989年3月まで)。
・1989年3月 CDシングル「おめでとうございます!!」をリリース。
・2002年2月 兄の染太郎が他界。以後、染之助がピンで活動。
・2003年1月 落語家の林家木久蔵(現:木久扇)と共に「海老一染之助・木久太郎」を正月限定で結成。


・2004年1月 落語家でタレントの桂米助と共に「お染ブラザーズ2004」を正月限定で結成。
・「おめでとうございま〜す」の着ボイスが、「いろメロミックス」内「着と〜く」にて配信開始。


エピソード
・染之助が芸を見せ、染太郎が話術で楽しませるというスタイルが定着していたが、染太郎が芸を見せることも稀にあった。


・芸風が芸風であったために、通夜・葬儀に来てほしくないタレントNo.1に選ばれたことがある。しかし、2人の恩人にあたる人物が他界した時には、故人の妻の頼みもあり芸を披露した。


・海原千里・万里(千里が妹、万里が姉)、海原やすよ・ともこ(やすよが妹、ともこが姉)らと同じように、弟である染之助の名前が先に来ている。やすよ・ともこは妹の方が先に弟子入りしたためであるが、染之助・染太郎については情報がないため不明。


・春風亭小朝に一時期芸を教えていたことがあり、「あいつが出てくるだけでお正月と思える、明るいオーラがある」などと称えていた。


・「ミスターお正月 お正月と言ったら誰?」というアンケートで、1位をとったことがある。


・染之助は滅多に怒らない人物で「ヨイショの染さん」と呼ばれていたが、後輩芸人が兄・染太郎に対し無礼な態度をとったときは、本気で激怒した。しかし、言った本人は冗談のつもりであったため、怒られた時はおろおろしていた(芸人仲間の連載より)。


・「スターどっきり(秘)報告」でやくざの宴会に呼ばれて芸をし、やくざが絡んで怖がらせたところでドッキリというシナリオだったが、弟・染之助が絡まれて兄・染太郎が突如激怒し、やくざ役を怒鳴りつけた。予想外の展開に、ネタばらし役の芸人も怯えながら登場する羽目となった。


・舞台での兄弟の掛け合いは見事なものだったが、実生活では兄弟仲が悪く、楽屋で喧嘩になることもあったという(本人コラムより)。ひとつには2人の芸の役割による確執もあるとされている。


・染太郎逝去の際、染之助は葬儀会場に居並ぶ報道陣の前で号泣しながら「日本国中、世界の皆さまのお幸せを心から祈念して、まいります。『おめでとうございまーす!』」と絶叫した。


・染太郎逝去直後は、染之助は笑点の番組上で林家木久蔵(現・木久扇)とのコンビで掛け合いを見せた。


主な台詞[編集]
・「おめでとうございまーす!!」
・「ありがとうございまーす!!」
・「いつもより余計に(または、多く)回しております!!」
・「喜んでやっております」
・「弟は肉体労働、兄は頭脳労働、これでギャラは同じなの」
・「オープン・ザ・傘」
・傘で枡を回して「これを見た人、今後ますますご発展」
・「土瓶を回して落とすと損をします、これがほんとの土瓶損クルーソー」
・「土瓶の蓋を取るとき、身が落ちることもあります、身も蓋もない」
・「胸がドビンドビン」


出演
テレビ番組
・ボキャブラ天国(キャッチフレーズは「ミスター正月」、お染ブラザーズ名義)
・初詣!爆笑ヒットパレード
・笑っていいとも!(1988年10月 - 1989年3月※木曜日担当)
・女橋(染之助のみ)
・元祖どっきりカメラ
・笑点


パチンコ
・「CRおめでとうございまーす」(2004年1月、ニューギン)


映画
・Jリーグを100倍楽しく見る方法!!


ゲーム
・半熟英雄対3D


CM
・永谷園 即席みそ汁 柳家小さんと共演、1980年
・ロッテ クランキーチョコレート 1986年
・サンヨー食品 サッポロ一番 東京やきそば・これだね 1989年
・カネボウ ファッションカラー 1995年
・ファミリーマート 1996年12月ごろ
・サトウ食品(お染ブラザーズ2004として)
・健康サプリ鮫珠(染之助のみ)


外部リンク
・海老一染之助公式ホームページ
・CRおめでとうございまーす 公式サイト
・日刊スポーツ訃報・海老一染太郎さん
(wikiより)


 海老一染太郎 ( 左 )