酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5314 馬島瑞園墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

馬島瑞園 ( まじま - ずいえん )
文政 8年 ~ 大正 9年 1月 5日 ( 1825 - 1920 )


会津藩士。


会津で新選組の土方歳三を治療した医師。


父、眼科医・馬島瑞延 ( 二男 )。


号、杏雨。会津若松出身。


眼科を父に、内科を杉原外之助に学び、会津藩 9代目藩主・松平容保の侍医 ( 藩医 ) となる。


戊辰宇都宮戦争で足を負傷した新選組の土方歳三が会津城下随一の旅館清水屋に到着したときに、近くに住んでいた馬島瑞園や古川春英 ( 1828 - 1870 ) らが治療した。


開城後は因州邸、紀州邸に預けられた。


明治 4年 ( 1871 ) 大蔵省に勤務。


辞職後は書画古銭の鑑定売買で生計を立てた。


和歌、絵画を愛した。


著書:「絵銭譜」がある。94歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1619.html

1495 清水屋旅館跡(会津若松市七日町)