酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5305 島村俊一墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

島村俊一 ( しまむら - しゅんいち )
文久元年 12月 ~ 大正 12年 3月 7日 ( 1861 - 1924 )


医学博士・京都府立医科大学代 5代学長・京都府立医学専門学校長。


父、島村鼎甫。


島村俊一は明治 20年 ( 1887 ) に東京帝国大学医科大学を卒業。


榊俶教授が開講した精神病学教室に入局し、助手として活躍。


明治 22年 ( 1889 ) 鏡職工の水銀中毒について「情報:農と環境と医療」を報告。


明治 25年 ( 1892 ) 明治政府の命により島根県で狐憑きを調査し、「東京医学会雑誌」に「島根県下狐憑病取調報告」を発表。


明治 25年 ( 1892 - 1894 ) ドイツ・オーストリアに留学し神経病学を研鑚。


帰国後、明治 27年 ( 1894 ) 12月京都府医学校・京都府立療病院に赴任し精神医学教室を開室した。


明治 29年 ( 1896 ) 医術開業試験委員。


明治 31年 ( 1898 ) 京都府医学校教諭。


明治 33年 ( 1900.5 - 1910.3 ) 京都府立医科大学代 5代学長。


明治 39年 ( 1906 ) 医学博士。