酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5304 奥村一洲墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

奥村一洲 ( おくむら - いっしゅう )
明治 3年 ~ 昭和 27年 12月 23日 ( 1870 - 1952 )


数奇の茶人。


本名、奥村邦太郎。号、藤実庵一洲。駿河沼津藤井家の二男。


幼くして奥村家の養子となる。


茶道を好み、川部宗兼に師事。


のち表千家家元惶斎宗匠に師事、その道の皆伝を受ける。


博識多才で古美術鑑識にも秀で、名作釜の所蔵をもって知られる。


室生流謡曲や書を好んだ。画は菊池玉王に学ぶ。


豪徳寺・梶川厳堂禅師に学び、茶禅一味の幽境を悟る。


上富阪邸内の三畳台目席の席名”藤実庵”は大徳寺牧宗和尚の命名。


石灯篭は大聖寺前田子爵家より移すなど、幽寂高雅近代の名席と称される。


戦後は北区豊島の仮庵に住む。83歳没。