酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5282 佐竹永陵墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

佐竹永陵 ( さたけ - えいりょう )
明治 5年 5月 25日 ~ 昭和 12年 1月 8日 ( 1872 - 1937 )


日本南宋画家。


本名、銀十郎。旧姓、黒田。別号に写山画房・巍々堂。


父、新吉原黒田源十郎。東京浅草出身。


祖父、正木龍塘に書を学ぶ。


明治 20年 ( 1887 ) 佐竹永湖に師事し、南北合派を学ぶ。


明治 27年 ( 1894 ) 明治天皇が日本美術協会行幸のとき、青年画家 7名と席上にて絵を描く。


明治 31年 ( 1898 )「日本画会」の結成に参加。


明治 32年 ( 1899 ) 永湖の娘松と結婚し佐竹を名乗る。


明治 39年 ( 1906 ) 松林桂月・小坂芝田らと「日本南宋画会」を創設。帝国絵画協会会員。日本美術協会・日本画会審査員。


「文展」開設では旧派の正派同志会の結成に幹事として参加。
また谷文晁の研究・鑑定をおこなう。


子の建造は画家とならず歯医者となったため、佐竹画系は三代で終わる。
66歳。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5864.html

5280 佐竹永海墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5865.html

5281 佐竹永湖墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)