酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5276 堤静斎墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

堤静斎 ( つつみ - せいさい )
文政 10年 2月 4日 ~ 明治 25年 11月 13日 ( 1827 - 1892 )


江戸末期明治期の儒家。


本名、堤正勝。通称、十郎のち省三。字、威卿。号、静斎。


父、豊後臼杵藩士・堤正巳 ( 4男 )。


豊後 ( 大分県 ) 出身。


病弱であり弘化年間に広瀬淡窓に師事し文学を修める。


嘉永年間に入り江戸で安積艮斎 ( あさかごんさい ) に師事、また昌平校に入る。


以降、元治元年 ( 1864 ) 幕府徒目付となり、幕末の朝幕の戦いに巻き込まれ、大坂に出陣し薩長軍と戦い敗北。江戸に帰り普請組となる。


大政奉還で諸省を転歴。


明治 11年 ( 1878 )「知新学舎」を開設し、傍ら著作に打ち込む。


なお、2人の少女が苦闘の末狼を仕留めた話の記録を「二女斃狼」として漢文で残した。66歳没。


著書:詩集「皆山閣誌鈔」。


碑は、三島毅撰文。