酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5266 松本荻江墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

松本荻江(まつもと - はぎえ)     
弘化2年1月28日 ~ 明治32年9月15日(1845 - 1899)


教育者。


幼名、睦。父、松本万年(長女)。


武蔵国秩父郡大宮郷(埼玉県)出身。


19歳で隣り村横瀬の長島某と結婚。1男を産むが7歳で夭折する。


毎日読書にふけり離縁されたという。長島家を去り生家に戻る。


父万年が埼玉県妻沼村に学舎を開くと、荻江は、ここで漢学を学ぶ。


門下生に荻野吟子がいて二人は義姉妹の契りを結ぶ。


明治8年(1875)ころ豊田秀雄と東京女子師範学校4等訓導(先生)。


明治10年(1877)助訓。


明治14年(1881)助教諭。また万年の家塾「止敬学舎」でも教授を勤める。


のち、辺地教育の必要性を感じ秋田県女子師範学校教頭となったが、明治19年(1886)在野の教育家を志し、仏教・キリスト教を学び、洗礼を受け、神戸女子神学校の教授となる。


日清戦争中は、婦人奉公会を結成、将兵の激励や家族の慰問などを行う。


明治31年(1898)下田歌子が帝国婦人協会を結成すると舎監となり、下田歌子の実践女学校創設に助力。55歳没。


関連情報
http://ameblo.jp/honmokujack/entry-10682458722.html

356 荻野吟子墓(豊島区南池袋4丁目・雑司が谷霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5849.html

5265 松本万年墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)