酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5265 松本万年墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

松本万年(まつもと - まんねん)    
文化12年8月25日 ~ 明治13年9月18日(1815 - 1880)


幕末の漢文学者。


幼名、一郎のち政秀。字、子邦。号、萬年・文斎・久斎。


父、松本左団次。秩父出身。


初め足立春英について医学を学ぶ。


のち江戸に出て寺門静軒(てらかど - せいけん:寺門弥五左衛門:1791 - 1868)に師事し、漢学を学ぶ。


江戸の諸大家と交遊、各地を歴遊。帰郷して医業の傍ら子弟を教育。


ここで後に日本の女医第一号となった荻野吟子(1851 - 1913)や第二号の生沢クノ(1864 - )を教育。


寺門静軒の創立した「両宜塾」を継承。


明治8年(1873)東京師範学校で教鞭を執る。


東京日日新聞記者。


また家塾「止敬学舎」を創立し娘の松本萩江を教授とし女子教育にあたる。66歳没。


著書:「文明余誌 田舎繁盛記」、「東京新橋雑記」、「文斎雑抄」、「示蒙請説」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/370.html

356 荻野吟子墓(豊島区南池袋4丁目・雑司が谷霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5850.html
5266 松本荻江墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)