酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


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5263 新田義雄墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

新田 義雄(にった よしお、1843年2月20日(天保14年1月22日)- 1881年(明治14年)5月3日[1])は、明治期の内務官僚。第二次香川県権令。初名・弘、通称・三郎、号・凌雲[1]。


経歴
大和国添下郡郡山で生まれる[1]。
明治政府に出仕し、郡山県大参事[2]、兵部省七等出仕[2]、左院五等議官[1]、少督学[3]、内務少丞[1]などを歴任。1875年10月24日、第二次香川県権令に就任し、1876年8月21日、同県が愛媛県に編入となり退官した[4]。
1880年、沖縄県久米島に渡航し病となり、翌年に死去した[1]。


脚注
1. a b c d e f 『明治過去帳』新訂初版、150頁。
2. a b 「郡山県大参事新田義雄外一名兵部省七等出仕被命并御沙汰止ノ件」
3. 「少督学新田義雄内務少丞ニ被命ノ件 外」
4. 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』98頁。


参考文献
・秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
・大植四郎編『明治過去帳』新訂初版、東京美術、1971年(原著私家版1935年)。
・太政官「郡山県大参事新田義雄外一名兵部省七等出仕被命并御沙汰止ノ件」明治4年。国立公文書館 請求番号:本館-2A-018-00・任A00001100
・太政官「少督学新田義雄内務少丞ニ被命ノ件 外」明治7年。国立公文書館 請求番号:本館-2A-018-00・任A00019100
(wikiより)