酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5243 加賀美照太郎墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

加賀美照太郎(かがみ - てるたろう/しょうたろう)     
元治元年~大正10年3月21日(1864 - 1921)


海軍軍医大鑑。


父、加賀美光矩(四男)。山梨県出身。


海軍軍医総監加賀美光賢(かがみ - みつかた:1846‐1907)の弟。


神職の家に生まれ、医学を志す。


日清・日露の両役に従軍。海軍軍医大佐。累進して海軍軍医大鑑。


大正5年(1916)予備役。海軍掖済会横浜病院長。


姉の加賀美繁子(1856 - ?)は、竹田宮昌子(常宮:明治天皇の六女)・北白川宮房子(周宮:明治天皇の七女)の養育掛(養育主任は、侯爵佐々木高行)であった宮内省御用掛。


正五位勲三等功四級。58歳没。