酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5229 矢田部卿雲墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

矢田部卿雲(やたべ - けいうん)    
文政2年~安政4年7月10日(1819-1857)
    
蘭学者。


賀美郡勅使河原村(埼玉上里町)出身。


父、荒川氏。名、欽・信明・信任。号、卿雲。


先祖は矢田・荒井と名乗っていたが、矢田部姓に復帰。


江戸で坪井信道に師事し日習堂で蘭学・蘭方医学を学ぶ。


伊豆韮山代官の江川太郎左衛門の家臣となり蘭書翻訳方となり、オランダの産科学者サロモンの「産科の指針」を翻訳、弘化2年(1845)に完成し「撒羅満氏産論抄書」とした。


当該書は、当時としては最も詳しい西洋産科書で、我が国の産科に大きく貢献した。


安政元年(1854)長崎伝習所にて通訳を務めた。


子に植物学者の矢田部良吉。


戒名 : 「清心院常悟日愈信士」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5761.html

5230 矢田部達郎墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)