酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5215 川合清丸墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

川合 清丸(かわい きよまる、嘉永元年11月21日(1848年12月16日) - 大正6年(1917年)6月24日)は、神道・禅・儒学の三道を融合して、「日本の国教」を確立しようとした思想家、宗教家。字は子徳、号は山陰道士、無々道人。


生涯
因幡国箆津(現、鳥取県琴浦町)出身。父親が太一垣神社の神職であったので、幼少から神道を学び、太一垣神社の社掌となった。


明治6年(1873年)に大神山神社の権宮司となる。大神山神社と大山寺との関係から生じた神仏分離問題に関する庶務で東京に出た時に、神仏への信仰や道徳心の荒廃した風潮を目の当たりにしたという。これをきっかけに、神道のみならず儒教・仏教・キリスト教や西洋の学問を広く学ぶ必要を痛感し、遊学した。禅は鳥尾小弥太より学んだ。


その後、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の知遇を得て、鉄舟の援助のもとに、明治21年(1888年)に鳥尾小弥太、本荘宗武とともに「日本国教大道社」を設立。神儒仏三道による国教確立と反欧化主義を唱えた。大道社の幹事・執筆主任に就任した清丸は、機関誌『大道叢誌』への執筆を通じて多くの支持者を獲得し、大道社は国家主義の一大勢力となった。


清丸の執筆活動は70歳で死去するまで続き、残した膨大な著作は『川合清丸全集』(橋本五雄編、1931-1933年)にまとめられている。


参考文献
・『日本人名大辞典』 講談社 2001年
・『日本国教大道社設立主意』 大道社 1891年
・『川合清丸全集』
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/120.html

117 山岡鉄舟墓(台東区谷中・全生庵)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/785.html
726 高橋泥舟墓(台東区谷中・大雄寺)


 川合清丸