酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5212 奥 勝重墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

奥 勝重(おく - かつしげ)     
嘉永2年~明治34年12月6日(1849 - 1901)


我が国コルク栓の開祖。


幼名、宗悟。


伊賀国阿山郡山田村(奈良県)出身。


戊辰の役では、新政府軍として藤堂侯に従う。


維新後、岸田吟香の目薬「精錡水」を発売したが、栓が未完成で輸送中に液漏れすることがあった。


勝重は、研究の末居留地の外国人や船員が捨てる洋酒のコルク栓を削って目薬の栓とした。


これが、我が国で最初のコルク栓とされる。のち、コルク栓を製造販売する。53歳没。


隣接して顕彰碑がある。


碑の篆額は、ポルトガル公使ドクトル トーマス リベイロ。ポルトガルからコルク材を輸入したのかも知れない。


なお、顕彰碑と墓の間にコルクの原料となる樫の木が植えられている。