酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5084 松平武成墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)

松平 武成(まつだいら たけなり / たけしげ)は、石見浜田藩の第3代藩主。越智松平家7代。


美濃高須藩主松平義建の三男。母は徳川治紀の娘。正室は田安斉匡の娘。官位は従五位下、右近将監。


尾張藩主徳川慶勝の同母弟で、一橋徳川家当主徳川茂徳、会津藩主松平容保、桑名藩主松平定敬、高須藩主松平義勇の兄に当たる。


天保13年(1842年)、先代藩主の松平武揚(血統上は母方の従弟にあたる)が早世したため、その跡を継ぐ。


藩財政再建のために天保14年(1843年)より倹約令を出し、さらに弘化3年(1846年)には横井小楠の意見を用いて山林の藩経営化や瓦・陶器の製造、養蚕業や製鉄業、製糸業、鉱山開発などの産業奨励に尽力することで藩政再建を目指したが、弘化4年(1847年)9月20日に23歳で早世した。


跡を養嗣子(武揚と同じく母方の従弟にあたる)の武聰が継いだ。法号は鋭岳大憲院。墓所は東京都荒川区東日暮里の善性寺。


「系図」については、『松平武成ウィキペディア』を御覧下さいませ。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B9%B3%E6%AD%A6%E6%88%90
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5596.html

5079 松平清武墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5597.html
5080 松平武雅墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5598.html
5081 松平武元墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5600.html

5082 松平斉厚墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5601.html
5083 松平武寛墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5603.html

5085 松平武聰墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5604.html
5086 松平武修墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5605.html

5087 松平斉良墓(荒川区東日暮里5-41-14・善性寺)