酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"


記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4972 六代目・竹本土佐大夫墓(墨田区吾妻橋2-14-6・清雄寺)

六代目・竹本土佐大夫
(文久3年9月15日(1863年10月27日) - 昭和16年(1941年)4月2日)本名は南馬太郎。


高知の生まれ、新丸という名の素人浄瑠璃出身で1887年に上京し後藤象二郎の書生となる。


1888年に3代目竹本大隅太夫門下で1889年3代目竹本伊達太夫の名で彦六座、大隈太夫没後2代目竹本摂津大掾の門下。


1914年より御霊文楽座に出座、1926年9月に6目土佐太夫襲名。


豊竹山城少掾、3代目竹本津太夫と共に三巨頭と呼ばれた。


堀江座、近松座、その後文楽座に移り活躍。


晩年は庵に入りで茶、画を嗜んだ。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/329.html
316 後藤象二郎墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)