酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4958 旧都電停留場(台東区池之端七軒町)

ここ、池之端児童遊園は、かつて都電停留場(池之端七軒町)のあった場所です。


昭和30年代の都電全盛期の時代には、20系統(江戸橋~須田町)、37系統(三田~千駄木二丁目)、40系統(神明町車庫前~銀座七丁目)と三つの路線が走っていた区間でしたが、昭和42年(1967年)12月に37、40系統が廃止、昭和46年(1971年)3月には20系統も廃止になり、池之端七軒町(廃止時は池之端二丁目に改称)の停留場は姿を消しました。


平成20年3月、都電停留場だったこの場所に都電車両を展示し、地域の歴史が学べ、まちのランドマークとなる児童遊園として整備しました。
(案内板より)


都電7500形(7506号車)
ここに展示された都電は7500形といわれる形式で、昭和37年に製造された旧7500形を車体更新したものです。


旧7500形は昭和59年以降、台車と主要機器を流用した車体更新が施され現在の7500形となり、都電で初めて冷房装置が搭載されました。


この車両は、平成20年1月まで都電荒川線(三ノ輪橋から早稲田)を走行し、平成20年2月1日東京都交通局より台東区に譲渡されました。
(案内板より)


● 都電7500形(7506号車)
東京都交通局7500形電車(とうきょうとこうつうきょく7500がたでんしゃ)は、1962年(昭和37年)に登場した東京都交通局の路面電車(都電)車両。


概要
1962年(昭和37年)に日本車輌製造で7501 - 7510、新潟鐵工所(現・新潟トランシス)で7511 - 7520の各10両・計20両が製造された。1956年(昭和31年)に8000形が登場しているので、形式称号としては数字が逆戻りする形となった。これは本形式が「7000形と8000形の長所を組み合わせる」というコンセプトの下に製造されたからだといわれている。


構造・歴史
8000形は耐用年数を10 - 12年程度とした設計で製造されたため、すぐに老朽化が始まった。また、一部の路線では廃止の延期や存続の可能性もあったため、このまま同形式を増備することもできなかった。そのため、新たにこの7500形が製造されることになった。当初は全車が青山営業所に配置され、6・9・10系統に使用された。


車体は再び丸みを帯びたものとされ、製造コストを下げるためにバスの構造が取り入れられた。側面のバス窓に最も顕著に表れているほか、前照灯がシールドビーム2灯とされたのもその影響である。塗色はそれ以前の車両と同じ黄に赤色の帯とされた。


1968年(昭和43年)の路線縮小で青山車庫が廃止されると、経年が浅かった7501 - 7510は荒川区の27・32系統(後の荒川線)を担当する荒川車庫へ、7511 - 7520は多数の路線が残存していた江東区の柳島車庫に転属した。その後、1972年(昭和47年)に江東区内の路線が廃止されると7517と7519が廃車され、残る18両が荒川車庫に集結した。


1978年(昭和53年)から荒川線のワンマン運転開始に併せて7509と7514以外の16両がワンマン対応改造された。この際、7000形は車体が新造のものに更新されたが、本形式は既存車体の改造での対応となった。外観では以下のような変化が見られる。


・バックミラーの追加
・運転台部分の小窓が閉鎖されて1枚化
・側面行先表示器の設置
・電停ホームの嵩上げに伴うステップの撤去
・営業運転で使用する運転台側ドアがホームと直角に[1]
・帯色の赤色から青色への変更


1984年(昭和59年)以降、7502・7504・7508の3両を除く13両に対して都電初となる冷房装置の搭載を伴う車体更新が施工された。


新車体はアルナ工機(現・アルナ車両)製で、7000形新車体を基本としつつ前面3枚窓・縦並びライトとされ、旧車体のイメージが踏襲されている。屋根は冷房ダクトの関係で旧車体より深くなった。これに合わせて正面行先表示器が大型化され、外部塗装は都バスなどと共通のアイボリー地に黄緑の新色に変更された。


更新直後も集電装置はビューゲルだったが、これは旧車体のものではなく、屋根の高さが変わったのに併せて新調されたものであった。しかし、冷房装置との干渉や離線対策のために比較的早期にパンタグラフに変更された。


更新されなかった3両のうち、7502と7508はすぐに廃車となった。また、7504は朝ラッシュ時専用車両の「学園号」として運用されていたが、1998年(平成10年)頃に運用から離脱し、2001年(平成13年)に廃車された。その後は整備が行われず座席が撤去されて荒川車庫内で倉庫として活用されたが、車体の老朽化が激しいものの自走は可能であり、「路面電車の日」のイベント時には公開されることもあった。そして2006年(平成18年)に都職員の手によって修復工事が実施され、同年6月10日の「路面電車の日」の記念イベントで特製の方向幕とともに公開、翌2007年5月26日より静態保存ではあるが5500形5501とともに荒川車庫内の「都電おもいで広場」で一般公開されるようになった。車内は復元され、都電沿線の切り絵(公開開始時は修復工事の軌跡を写真で綴るポスター)が掲示されている。


更新された13両は、7000形と異なり、車体更新時に車両番号の整理が行われることはなかった。そのため、欠番が生じたままである。


2010年時点でも、更新された本形式は更新7000形とともに荒川線の主力として運用されている。しかし、2009年度から8800形への置き換えが行われており、順次廃車が進行している(後述)。7501は集電装置がシングルアーム・パンタグラフに換装されたが、更新7000形とは異なり、行先表示器のLED式への改修は施工されていない。


保存車
動態保存的な存在だった7504以外も数両が都内各地に静態保存されている。廃車数に対して、保存されている車両の比率は高い。


7502(改造)
・廃車後の1991年には塗装がピンク地に白帯に変更されて大田区の萩中交通公園内に静態保存されていた。しかし、車体の荒廃が激しかったため、2006年に撤去された。
7506(更新)
・2008年1月31日で運用を離脱して除籍、翌2月1日付けで台東区に譲渡され、同区池之端にある建築中の公園「池之端児童遊園」内に静態保存されている。展示に合わせ、方向幕は白地に黒文字で「池之端児童遊園」と表記されたものが掲出されている[2]。公園はかつて都電の池之端七軒町電停があった場所である。保存用のレールはかつて荒川線で実際に使用されていたものを使っている。車体はきれいだが、下回りの再塗装などは施されていない。更新7500形としては最初の除籍車となる。
7508
・廃車後、板橋区の板橋交通公園内に静態保存されている。周囲を柵で囲われるなどして配慮されているが、状態は悪い。
7512(改造)
・現存車。車体更新時に不要となった旧車体が国立市内の幼稚園に静態保存されている。
7514
・廃車後20年近くの間荒川車庫で静態保存されていた。その後、1999年に整備の上江戸東京たてもの園に移転され、同園の展示物として静態保存されている。この時に前面の系統表示枠内に同園のキャラクター「えどまる」の絵が入れられ、車内広告枠を利用して歴史解説がなされるようになった。ワンマン化されなかったため、7504よりも製造時の原形をとどめている。


その他
・沿線のあらかわ遊園には本形式を模したバスがある。かつて無料送迎バスとして使われていた。
・1977年制作のNHKドラマ『男たちの旅路 シルバーシート』の撮影に、荒川車庫と7514が使用されている。
・7515は2007年頃から「史絵鉄号」として運用しており、2位側(冷房装置のない側の車端)の東京都のシンボルマークの色が青で上部に「史絵鉄号」の黄色い文字が記載されていた。
・7504は本来車体を更新する予定であったが、小台電停で停車中に後続の別の7500形に追突された。7504は無傷だったため原姿維持となり、追突した側の7500形が更新を受けることとなった。
 
今後
本形式は製造から45年が経過し、かつ老朽化が進行していることから、2008年2月に7506が、同年3月に7507が廃車となった。更新後の本形式の廃車はこれが初めてである。両車とも特に告知などは行わなかったが、後者に関しては前面と側面、前ドア上の銀杏マークが青く塗られ、マークの中に「おつかれさま」と記載されていた。また、前ドア上部の帯の部分には「1962.12.12 - 2008.3.31」という製造日と除籍日が記載された。現在、7507はラッピング広告やメッセージなどがすべて排除された状態で荒川車庫内に留置されている。廃車された車両の置き換えは8800形の増備で対応する。そして、2011年度までに同形式との入れ替えで全車廃車となることが2008年5月に明らかになった。


2009年度は4月に7515、6月に7513、7月に7503が廃車になった[3]。更に2010年3月に7501・7516・7518[4]の3両が廃車になった[要出典]。2010年度は残る5両を廃車する[5]。


なお、2010年6月6日から2011年3月までの予定で、都交通局と南海グループの共同キャンペーンの一環として、7511の塗色が阪堺電気軌道(旧、南海大阪軌道線)の昭和40年代当時の塗色である濃緑色地に窓周り縁取り及び扉が橙色の配色に変更されている[6][7]。発表の時には車両の方向幕を「天王寺駅前」「住吉」に変更し、共同PRを行った。この異事業者同士の塗装交換は2009年秋の江ノ島電鉄と京福電気鉄道に次いで2例目となった。


脚注
1. そのため、ワンマン改造車は原型車に対して前面向かって右側の部分がやや張り出している。
2. 更新7500形の方向幕は当初から青地に白抜きの文字で、白地に黒文字の方向幕は使用されていない。
3. 『鉄道ダイヤ情報』2009年10月号より。
4.  都電7516と7518が搬出される | 鉄道ニュース | 鉄道ファン・railf.jp - 2010年9月15日
5. 東京都交通局次期経営計画 ステップアップ2010より。
6.  都電荒川線に阪堺カラーの、阪堺電車に都電カラーの路面電車が走ります - 2010年5月14日
7. 荒川電車営業所で「2010路面電車の日」記念イベント。 | 鉄道ニュース | 鉄道ファン・railf.jp - 2010年6月7日
(wikiより)