酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4951 金蔵寺(足立区千住2-63・金蔵寺)

当寺は真言宗豊山派で、氷川山地蔵院(または閻魔院ともいう)と号す。


本尊は閻魔大王で、建武2年(1335)3月の創建という。


金蔵寺の門を入ると左側に2mほどの無縁塔がある。


これは天保8年(1837)に起こった大飢饉の餓死者の供養塔で、千住2丁目の名主・永野長右衛門が世話人となり、天保9年(1838)に建てたものである。


碑文によれば「…飢えで下民に食なし…この地に死せる者828人…370人を金蔵寺に葬り…」とある。


その塔と並んで建つ別の供養塔は、千住宿の遊女の供養塔で、この地で死んだ遊女の戒名が石に刻まれている。


千住宿には、本陣・脇本陣のほかに55軒の旅籠屋があり、そのうち、食亮旅籠(遊女屋)が36軒あった。


江戸後期には宿場以外に江戸近郊の遊里として発達した。


そのかげで病死した遊女は無縁仏同様に葬られたその霊を慰めるための供養塔である。
(案内板より)



 遊女のお墓だそうです。

 遊女の戒名が、びっしりと刻されています。