酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4937 四代目・五明楼玉輔墓(東日暮里5-41-14・善性寺)

4代目・五明楼玉輔
(1856年10月 - 1935年5月24日)


本名は原(一時平野)新左衛門。


江戸の原大隅守の旗本の家に生まれ、維新後商人をやったが長続きせず、1875年に2代目古今亭志ん生の門下になり、古今亭志ん好から1876年に西南戦争に従軍し、兵役後、志ん多、1893年8月に本名からとった古今亭新左衛門、同年10月?に古今亭今朝、明治30年代は大阪三友派でも活躍、1905年1月?に五明楼春輔を経て1906年11月に4代目玉輔を襲名。


得意ネタは「小言念仏」、その為「小言念仏の玉輔」と呼ばれる、また風貌から「かっぱの玉輔」とも呼ばれた。


晩年は柳家金語楼の一座にいた。墓石は日暮里の善性寺で「柳家金語楼建之」と刻まれている。


戒名は「清明院玉輔信士」。


実子は五明樓玉の助。