酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4932 妻恋神社と夢枕(湯島3-2-6・妻恋神社)

明日 (18日 ) ~ 明後日 ( 19日 ) と出かけてしまう為、3時間前倒しで記事をupさせて頂きます。


なお出かけている間は「Pops - Hit」、「モンチッチ」だけは通常通りのupとなります。


2日間の記事は欠番にして、7月16日にupさせて頂きます。





その昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征のおり、三浦半島から房総へ渡るとき、大暴風雨に会い、妃(きさき)の弟橘(おとたちばな)姫が身を海に投げて海神を鎮め、尊の一行を救った。


途中尊が、湯島の地に滞在したので、郷民は、尊の妃を慕われる心をあわれんで、尊と妃を祭ったのがこの神社の起こりと伝へる。


後、稲荷明神(倉稲魂命(うがのみたまのみこと)を祭った。


江戸時代、妻恋稲荷と呼ばれ、関東惣社(そうじゃ)と名のり王子稲荷と並んで参詣人が多かった。


また、正月二日の晩に枕の下に敷いて寝ると、よい夢を見るという縁起物の木版刷りの「夢枕」が売り出された。


"お宝お宝と大音声(おんじょう)に呼ばわったり"(宮島五丈原)「福寿鶴亀」と「七福神の乗合宝船」の二枚の夢枕は、万治年間(1658~61)に創案され当社が版権を所有していた。


版木は、戦災で焼けたと思われていたが昭和五十二年十二月、刷師(すりし)の家出見つかった。


幻の夢枕は、関係者によって日の目を見て、売り出されるようになった。
(案内板より)


● 妻恋神社
妻恋神社(つまこいじんじゃ)は、東京都文京区にある神社である。「宝船」を描いた版画を配布しており、夢枕として知られる。神紋は檜扇に御の字。


歴史
この神社の創建年代等については不詳であるが、日本武尊が東征のおり、三浦半島から房総へ渡るとき大暴風雨に会い、妃の弟橘媛が身を海に投げて海神を鎮め、尊の一行を救った。


その後、東征を続ける尊が湯島の地に滞在したので、郷民は尊の妃を慕われる心をあわれんで尊と妃を祭ったのがこの神社の起こりと伝えられる。その後、稲荷明神(倉稲魂命)が合祀された。


江戸時代には妻恋稲荷と呼ばれ、関東惣社と名のり王子稲荷神社と並んで参詣人が多かった。


また、正月2日の晩に枕の下に敷いて寝ると、よい夢をみるという縁起物の木版刷りの「夢枕」が売り出された。


「福寿鶴亀」と「七福神の乗合宝船」の二枚の夢枕は、万治年間(1658~61)に創案され当社が版権を所有していた。


版木は、戦災で焼けたと思われていたが、昭和52年12月に摺師の家で見つかり、現在再び売り出されている。
(wikiより)