酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4819 北庭筑波墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

北庭筑波(きたにわ - つくば)
天保13年~明治20年12月9日(1842 - 1887)


写真家。


本名:伊井孝之助。


号、北庭筑波・平米雷(へべらい)。
父、油屋伊勢吉。江戸日本橋呉服町出身。


当時の写真家の多くは山に関する号を使った。


和漢洋の学に明るく江戸風の粋人であった。


写真に興味を持ち、写真師内田九一・清水東谷・横山松太郎らと交わる。


明治4年(1871)浅沼藤吉に写真材料店を開業させ、自らも明治4・5年ころ浅草公園で写真館を開業。


明治6年(1873)闇夜でも写すことができる器械を取り寄せ、明治11年(1878)には、竜影を写した写真師として知られている。


明治7年(1874)深沢要橘と協力し、日本初の写真月刊雑誌「脱影夜話」を創刊(脱影とは写真のこと)。


約2年後には「フォトグラフィー」と改題。


さらに3年を後に「写真新誌」(第一次)と改題された。


明治9年(1876)に浅草に写真塾を開設。その後新橋に店を移す。


明治14年(1881)10月浅草大代地の内田九一(明治8年2月17日歿)の写真館を購入して「旧内田舎」として再開業する。


明治17年(1884)即席紙撮り写真を発明。


交遊は広く写真界のみならず画家や文士らとの親交も多く、我が国の写真文化の基盤を築くのに大きな功績を残す。


門下生に二見朝隈(ふたみあさま、本名:二見勇)とその弟・二見朝陽(ふたみちょうよう。本名:小林利藤太)、花輪吉野などがいる。


新派俳優、伊井蓉峰の父。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/5307.html
4818 伊井蓉峰墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)