酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

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4788 河内桃子墓(台東区谷中1丁目・谷中霊園)

河内 桃子(こうち ももこ、本名:久松 桃子、旧姓:大河内、1932年3月7日 - 1998年11月5日)は、日本の女優。


日本女子大学附属高等学校卒業。東京府東京市(現在の東京都台東区谷中)出身。血液型はO型。俳優座所属。女優としては久我美子と並ぶ名家出身で、祖父は理研グループ総帥で子爵であった大河内正敏、父は正敏の次男で画家であった大河内信敬。夫は今治松平家末裔でテレビプロデューサーの久松定隆。


来歴・人物
高校卒業後、OLをしていたが、1953年、東宝ニューフェイス(6期生)として東宝に入社。同期には宝田明、佐原健二、藤木悠と日活に移籍した岡田眞澄がいる。入社した年の『女心はひと筋に』で初出演を果たす。その後、出演5作目の『ゴジラ』のヒロイン・山根恵美子役に抜擢される。このため世間では「特撮俳優」のイメージが強いが、東宝在籍時の特撮映画には『ゴジラ』、『獣人雪男』、『地球防衛軍』の3作にしか出演していない(その後の1980年代のゴジラリバイバルブームで他3作ほど出演してはいる[要出典]。1995年には、平成ゴジラシリーズ最終作『ゴジラvsデストロイア』で41年ぶりに山根恵美子を演じた)。1957年には年間10作の映画に出演するなど、東宝を退社する1958年頃までは河内の映画出演作が数多く存在する。


演技の勉強をやり直すため、1958年に東宝を退社し、俳優座(8期生。山崎努、水野久美が同期)に入団。その後の映画出演は減少し、舞台とテレビドラマへと活動の軸足を移す。


TBSホームドラマに多く出演し、石井ふく子プロデュース作品や橋田壽賀子脚本作品の常連として活躍。特に晩年の代表作である『渡る世間は鬼ばかり』では高橋亨(三田村邦彦)の母親・年子役を演じ、連続ドラマのレギュラー出演作としての遺作で最後の登場となった第3シリーズでは、アルツハイマー病に蝕まれていく苦しい役柄が反響を受けるなど、演技力への評価は高いものがあった。


また、『土曜ワイド劇場』などの2時間単発ドラマにも出演するなど芸域も幅広かった。亡くなる前年の1997年7月19日、映画最後の出演作「良寛」が公開された。その2日後の7月21日、TBS放送の月曜ドラマスペシャル「演歌・唱太郎の人情事件日誌3・伊香保殺人事件」への出演がドラマ作品の遺作となった。


その後、同年の冬にかけて、俳優座の地方公演「ゆの暖簾」で東北地方を中心に巡業したが、その巡業中に体調不良を訴え、年が明けた1998年1月に大腸癌と診断された。癌の進行が早く、発見時には手術の施しようがなかったという。前年12月15日に山形県鶴岡市で出演した舞台が河内にとって最後の仕事となった。


亡くなる前年の末まで俳優座の舞台にも立ち続けたが、1998年11月5日の午前9時45分、大腸癌のため入院先の東京都渋谷区広尾の日本赤十字社医療センター病院で死去。66歳没。亡くなる直前の10月29日、病床でレデンプトール会の近藤雅広神父(当時・心のともしび運動専務役員)より洗礼受け「マリア」の洗礼名を与えられる。葬儀は河内の実娘が喪主を務めた。墓所は東京都台東区谷中の谷中霊園。


カトリック善き牧者の会制作のカトリック布教番組『心のともしび』『太陽のほほえみ』の朗読を永年務め、その功績によりヨハネ・パウロ2世から聖十字架章を親授された他、1996年にはバチカン市国勲章も授与されている。


エピソード
幼少の頃から有名な美女で、170cmの長身だったために祖父の正敏は桃子の写真を「自分の恋人」として人に見せびらかせていたという。
1957年(昭和32年)12月31日、東宝サンパウロ支社開設のため、同じ東宝の女優だった北川町子(後の児玉清夫人)らとブラジルへ出発。帰りにアメリカのニューヨークへ立ち寄り、第2回日本映画見本市に参加し、1958年(昭和33年)2月12日、日本に帰国した。当時はまだ海外渡航自由化の前で、大変貴重なサンパウロ・ニューヨーク訪問となった。


主な出演
映画
・女心はひと筋に(1953年)八重子 役※初出演作※
・坊ちゃん社員 前篇(1954年)まり子 役
・坊ちゃん社員(1954年)まり子 役
・水着の花嫁(1954年)チーコ 役
・ゴジラ Godzilla (1954年)山根恵美子 役
・泉へのみち(1955年)小川ウメ 役
・雪の炎(1955年)光島やよい 役
・制服の乙女たち(1955年)三宅雪江 役
・33号車応答なし(1955年)お産する妻 役
・獣人雪男(1955年)武野道子 役
・青い果実(1955年)千枝子 役
・奥様は大学生(1956年)岡本好子 役
・イカサマ紳士録(1956年)真佐子 役
・婚約三羽鳥(1956年)栄子 役
・のり平の浮気大学(1956年)婦人警官 役
・あの娘がないてる波止場(1956年)マキ 役
・大暴れチャッチャ娘(1956年)ハツ子 役
・裸足の青春(1956年)黒村の若い娘 役
・天上大風(1956年)白石厚子 役
・星空の街(1957年)中川久美子 役
・大安吉日(1957年)平岡道代 役
・御用聞き物語(1957年)夕子 役
・次郎長意外伝 大暴れ三太郎笠(1957年)お京 役
・眠狂四郎無類控 第二話 円月殺法(1957年)千弥 役
・「動物園物語」より 象(1957年)美子 役
・わが胸に虹は消えず(二部作)(1957年)麻生伊久子 役
・夜の鴎(1957年)はるえ 役
・脱獄囚(1957年)小出郁子 役
・地球防衛軍(1957年)
・大当たり狸御殿(1958年)唄う女 役
・東京の休日(1958年)ファッションショウのモデルB 役
・フランキーの僕は三人前(1958年)サヨ子 役
・おトラさん大繁盛(1958年)猪原妙子 役
・伊達騒動 風雲六十二万石(1959年)織恵 役
・女の坂(1960年)由美 役
・名もなく貧しく美しく(1961年)木島先生 役
・古都憂愁 姉いもうと(1967年)エトワールのママ 役
・若い時計台(1967年)小柳亜矢 役
・夕陽に向かう(1969年)高山早苗 役
・あまから物語 おんなの朝(1971年)絹子 役
・男じゃないか 闘志満々(1973年)早川キク 役
・ときめき(1973年)須永奈美 役
・こんにちはハーネス(1983年)伊丹奈津 役
・蜜月(1984年)みつこの母 役
・菩提樹の丘(1985年)結城綾子 役
・雪の断章 情熱(1985年)カネ 役
・旅路 村でいちばんの首吊りの木(1986年)富子 役
・男はつらいよ 寅次郎物語(1987年)松井真珠店の女将(君子)さん 役
・紅蓮華(1993年)中田よしの 役
・ゴジラvsデストロイア(1995年)山根恵美子 役
・草刈り十字軍(1997年)安部葉子 役
・良寛(1997年)眼竜尼 役※遺作映画


詳しい事は、『河内桃子ウィキペディア』を御覧下さいませ。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%86%85%E6%A1%83%E5%AD%90
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6252.html

5443 久松定秋墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7528.html
6572 香山 滋墓(新宿区愛住街14-3・浄雲寺)


 河内桃子


 ゴジラ撮影時のスチール写真