酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

4747 近藤浩一路墓(台東区上野桜木1-16-15・寛永寺)

近藤浩一路(こんどうこういちろ)/近藤浩一郎(こんどうこういちろう)明治17年~昭和37年4月27日(1884-1962)


水墨画家・漫画家。


名、浩。号、浩一路・土筆居・画蟲斉など。


山梨県南部町出身。静岡県韮山中学校卒業。


明治43年(1910)東京美術学校西洋画科卒業。学生時代に白馬会に通い洋画家として出発し、また藤田嗣治や岡本一平(岡本太郎の父)と交流。


大正4年(1915)読売新聞社に入社し、漫画・挿絵を描く。この時期菊池寛や芥川龍之介らと交友した。


次第に水墨画に興味を持ち小川芋銭や川端龍子、森田恒友、山村耕花らの日本画研究団体「珊瑚会」に参加。


横山大観に認められ大正10年(1921)日本美術院同人となり、水墨画家として再出発した。


大正11年(1922)のフランス滞在をはじめ、朝鮮、中国を旅行し、洋画的な水墨画法をあみ出した。


昭和11年(1936)日本美術院を脱会。戦後は、昭和34年(1959)日展に参加し活動した。なお、夏目漱石の小説『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』を漫画にしたことでも知られている。


実業家・教育者である近藤喜則は祖父。79歳。


作品:「鵜飼六題」、「京洛十題」など。